創業者の想い ― シェパニーズとアリス・ウォーターズに学んだ、食との向き合い方

世界一予約の取れないレストラン「シェパニーズ」

アメリカ・カリフォルニア州バークレーにあるレストラン「シェパニーズ(Chez Panisse)」。
オーナーシェフのアリス・ウォーターズが書いた著書を読んでから、
このレストランへの想いがますます強くなりました。

シェパニーズ

1971年8月28日、当時27歳だったアリスが開いたこの小さなレストランは、
2006年にアメリカのグルメ専門誌『グルメ』が5年に一度発表する全国レストランランキングで1位に選ばれるまでに成長しました。
歴代の大統領やハリウッドスターが密かに訪れる店としても知られていますが、
何より特筆すべきは「本物であり続けること」を、創業から一貫して追求してきた姿勢です。

「地元の、いちばん新鮮な食材を」という考え方

アリス・ウォーターズは、多くのアメリカ人の食習慣、そして食べ物に対する考え方そのものを変えてきた人物です。
「オーガニック農法で育てた一番新鮮な旬の食材を、地元で調達するべきだ」という彼女の考え方は、
今やアメリカの一流レストランはもちろん、家庭料理にとっても大切な指針になっています。

新鮮な食材

1970年代のアメリカでは、効率という価値観が重視され、ファストフードのチェーン店が次々に誕生しました。
安く手軽に食べられるようになった一方、そうしたお店で使われる砂糖や脂の量は、家庭料理の2倍以上。
遺伝子組み換えコーンから安価に量産できるようになった高果糖コーンシロップは、
お菓子だけでなく驚くほど広い範囲の食品に使われるようになり、
消費者は知らないうちに、それを含む食品を好むようになっていきました。

そんな時代の流れの中で、アリスは「食べるということは、“ファースト”(速く)あるべきではないし、
安価であるべきでもない」と語っています。

『美味しい革命』に見る、シェパニーズが歩んできた道のり

アリス・ウォーターズの著書『美味しい革命』には、
シェパニーズがどのようにして今の姿になっていったのか、その歩みが綴られています。

アリスはもともと、レストラン経営とはまったく縁のない道を歩んでいました。
幼い頃から自然や植物の匂いに敏感で、感受性の豊かな子ども時代を過ごしたそうですが、
ハイスクールの頃はもっぱら遊びに夢中な日々。進学したカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校でも
華やかな学生生活を送るなかで、このままではいけないと感じ、友人たちとバークレー校への編入を決意します。
そして大学時代、友人のすすめでパリのソルボンヌ大学への留学を経験したことが、
アリスにとって食や暮らしへの感度を大きく育てる転機になりました。

バークレーに戻ったアリスは、時代の空気とともに「持続可能性」という考え方に触れていきます。
1960年代後半のアメリカでは、それまでとは違う新しい社会のあり方を模索する機運が高まっており、
アリス自身も、ものごとのつながりに意識を向けるようになっていったといいます。
その後、姉の紹介でモンテッソーリ教育の助手を務めた経験も、アリスに大きな影響を与えました。
モンテッソーリ教育は「どんな子どもにも得意なことがある」という考え方のもと、
感覚を通じて世界と向き合うことを大切にする教育法です。
この「実際に手を動かし、感覚で学ぶ」という姿勢は、のちのシェパニーズの料理づくりにも通じるものがあります。

自分のレストランを持ちたいという夢は、当初はまだ漠然としたものでした。
そのころアリスは、当時のパートナーだったディヴィッドと共に、地元の週刊誌で料理コラムを連載しており、
好きな料理のレシピを紹介する内容が、のちに小さな私家版の本としてまとめられるほど評判になっていました。
アリスが理想としたのは、市場でよい食材を見つけ、それを活かして即興的に調理するというスタイル。
これは当時の格式高いフランス料理の世界では「プロの仕事ではない」とされる考え方でしたが、
アリスはこの自由な発想こそが、自分の目指す小規模なレストランに合っていると感じていました。

1971年8月28日のオープン初日、メニューはたった1種類。
プロの飲食経験を持つスタッフは誰もおらず、鴨料理が全員分そろうまでに2時間以上かかったといいます。
「それが私たちのやり方。やりながら、どうやっていくかをみんなで考えて決めていく」とアリスは振り返ります。
スタッフの採用でも、経験の有無より「シェパニーズのことを分かってくれそうか」という直感を重視したそうで、
うまくいかないことだらけの船出でしたが、そこには確かな熱量がありました。

開店から数年、アリスの目指す「質において絶対に妥協しない」という姿勢は、
すぐに利益に結びついたわけではありません。仕入れにお金を惜しまない一方で経営の知識はほとんどなく、
財政的に苦しい時期が長く続きました。ワインの管理がずさんで、開業から1年足らずで数万ドル分の在庫が
行方不明になっていた、というエピソードも残っているほどです。
それでも、地元の生産者から届く採れたての野菜や、露に濡れたままの新鮮な食材を大切に使い続けたことで、
1976年頃からはファーマーズマーケットの農産物がシェパニーズの基本の食材、そして基本の考え方そのものになっていきます。

シェパニーズをさらに大きく飛躍させたのは、新しく迎えたシェフ、ジェレマイアの存在でした。
彼の加入をきっかけに、シェパニーズは「なかなかいいレストラン」から「本当に偉大なレストラン」へと変化していきます。
より手の込んだ料理を追求する過程で、アリスたちはあらためて地元産の食材の質の高さに気づき、
店から数マイル圏内で採れた野菜や果物を積極的に取り入れるようになっていきました。
一方でアメリカ全体では、大規模なチェーン店の台頭によって家族経営の農家や小さな飲食店が姿を消しつつあり、
安価で大量の食事を提供する時代の流れに、アリスは強い危機感を抱いていたといいます。
こうした時代背景のなかで、地元とのつながりを大切にするシェパニーズのあり方は、
やがて業界に大きな影響を与える存在へと育っていきました。
ビジネスとして安定した利益を出せるようになるまでには、実に30年近くかかったといわれています。

美味しい革命 書籍

効率よりも質を、規模よりも地元とのつながりを選び続けたシェパニーズの歩みは、
「ビジネスとして利益を出すのに30年かかった」とアリス自身が語るほど、決して平坦な道ではありませんでした。
それでも、その一貫した姿勢が、世界中から愛されるレストランをつくりあげたのだと思います。

seedが大切にしたいこと

アリス・ウォーターズの生き方や言葉に触れるたびに、
「食が私たちに与える影響を知り、その食を誠実に提供していかなくてはいけない」と、あらためて感じます。

農薬不使用の玄米粉や国産の素材にこだわり、余計な添加物に頼らずにお菓子をつくる。
それは決して効率のよいやり方ではないかもしれません。
それでも、seedが「おいしくてやさしい」スイーツをつくり続けているのは、
シェパニーズが体現してきたような、素材と誠実に向き合う姿勢を大切にしたいと思っているからです。

農薬不使用の玄米粉、鹿児島県産の粗糖などエシカルな素材にこだわり、化学添加物不使用でグルテンフリーのスイーツをお届けする「cheesecake lab seed」。

安全・安心なseedのエシカルスイーツを見る >グルテンフリー・農薬不使用・化学添加物不使用 法人のお客様・大口注文はこちら >
cheesecake lab seed 吉見店〒598-0092 大阪府泉南郡田尻町吉見247-1
TEL:0724252257 / 営業時間:10:00〜17:00
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